3月 10 2021
30年目の339
昨夜が惨憺たる状況だったので例年通り村のPubに行って一日遅れで結婚記念日を祝宴をしてくる。
店からのスペシャルなお祝いプレートと先週と変わらぬカウンターの面子にささやかにお祝いしていただきました🙇♂️🙇♀️
やっぱりココでやるのが我が家っぽくていいデス😆
平成3年3月9日、今は無き立川の某大手結婚式場で結婚して30年後の今年の記念日が奇しくも令和3年3月9日って語呂が同じくなったのはなんか因縁めいてる。
ゴロから『さんざん窮する』なんていろいろ揶揄されたし(笑)、直前に湾岸戦争が開始されて、わざわざ旅行先の豪州の一番いい季節に合わせて式を挙げたのに、み〜さんの勤め先で“渡航禁止令”が出た為に、楽しみにしていた新婚旅行が半年延びたり、幸先の悪いスタートだった。
そのあともいろいろありました。
この30年でカミさんは肺炎での入院が一回コッキリ、それに引き換えこちらは新婚早々のぎっくり腰から始まり、スキーでコケて脳震盪、鎖骨折ったり、ウィルスの影響で顔がエラく腫れたり、入院すること数回。
その都度いつも付き添わせて心配させました。
仕事のセレモニー中に結婚指輪を失くして青くなったこともありました。
そのこと言えずに内緒で翌朝会社のゴミ捨て場でなんとか見つけて事なきを得たけど…(^_^;)
(それ以来、指輪は家に大事にしまってあります)
また勤めていた会社をいきなり辞めてカナダに行くって決めたときも、何も反対せず『いいんじゃない』とこっちが呆気にとられるくらい快諾してくたこともありました。
それから数年、こちらはフリーランスと名を借りた主夫業に入ったあと、家計を守る大黒柱として家の外で七人の敵と戦う逞しい世帯主でいてくれたこともありました。
また東京で家賃を払うのが大変になって、八ヶ岳に都落ちすると決めたときも、『コレもってれば何処でも仕事があるはず』とそれまで長年やってきたキャリアとはまったく違う仕事のライセンスを頑張って取ってついてきてくれたり。
そう思うとこちらは好き勝手させてもらってるのに、なんか彼女ばかり損させてちゃってきたみたいな感じがする。
でも、特に口うるさいことも言わず、喧嘩らしい喧嘩もせず、付かず離れず、程よい距離感で何となく同じ方向を向いて歩いてくれている。
仕事も出来て、ちゃんと自立して肩で風を切って歩くような女性であるけど、表向きには旦那を立てて、三歩まではいかないまでも、いつも一歩引いているような古風な面も持っている。
そして周りが皆敵になっても、最後まで彼女だけは味方で居てくれる様なそんな安心感がある。
ちゃんと付合い出して36年、もう人生の半分以上の付き合い。
毎年のことながらほんと彼女には感謝感謝でございます。
こんな頼りない旦那のアドベンチャーライフに30年も付合ってくれたんだからね。
そんな彼女が『いい奥さんだね』って言われるのが何より嬉しいし、『いい奥さんでしょ』って自慢できるのが何よりの喜びでもある。
まだまだこれからひと波乱ふた波乱あるかもしれないけど
これからも末永くよろしくお願いしたいものだ。
そしてこれからも大好きなLIVEに一緒に行けるといい。
ただもうちょっとBABYMETALに理解を示してくれるといいんだけどな😅